全国的に繁殖牛の飼養規模が大きくなるにともない、人工哺乳により子牛を育成する農場が増加しています。
しかし、人工哺乳をはじめたはいいものの、成績が振るわず結局損をしてしまっている人や、やめておけばよかったと後悔する人も少なくありません。
今回は自然哺乳と人工哺乳それぞれの特徴とメリット、人工哺乳に転向を考えている人へ、向く人、向かない人について解説します。
自然哺乳、人工哺乳とは?
自然哺乳とは
子牛を母牛と同居させて母乳を飲ませて育成する方法です。
分娩房に親1:子1でそのまま同居させるか、移動して親子複数ペアで同枠にするパターンが多いかと思います。
人工哺乳とは
子牛を母牛から離して(超早期離乳)、代用乳を飲ませる方法です。
1頭ずつハッチに入れて哺乳するか、複数頭を同枠に入れて哺乳する場合もあります。
ちなみに、混同されがちですが代用乳と人工乳は別物です。
代用乳は粉ミルク、人工乳は固形飼料のスターターです。これを間違えて覚えている人は獣医師でも意外と多いので区別しておきましょう。
それぞれのメリット
自然哺乳のメリット
自然哺乳のメリットはなんといっても母牛が子牛の世話をしてくれるということです。
- 哺乳が楽
- 離乳が楽
- ストレスが少ない
- 免疫賦活作用が期待できる
- 感染症が拡大しにくい
1.哺乳は母牛に任せておけば勝手に飲ませてくれます。
しかしここで注意が必要なのは、母牛の能力次第で泌乳量は変わるということです。
あまり乳量の出ない母牛の場合は人工哺乳に切り替えるか、追加で代用乳を与える必要があります。
2.離乳に関しても、母牛が食べている草や配合飼料を自然と食べるようになります。
その上、母牛の唾液に含まれるルーメン微生物が子牛に移行することで第一胃の発達が促進されます。
そのため離乳した時点で草を食べられない子牛になっているという状況はほとんど心配いりません。
3.から5.の項目はすべて疾病に関わる内容です。
とにかく病気になりにくいです。
過密になっている、牛床が汚いなど、環境が悪い場合を除いて自然哺乳の子牛が病気で問題をかかえるケースはかなり少ないといえます。
これらの裏返しがすべて人工哺乳のデメリットといえます。
人工哺乳のメリット
では、人工哺乳にはどんなメリットがあるのでしょうか。
- 分娩間隔を短くできる
- スペースを有効に使える
- 子牛の発育が母牛の泌乳能力に依存しない
- 疾病発見が早い
1.まず、分娩間隔を短くできます。
哺乳中の母牛は繁殖のサイクルが回りにくく、空胎日数が長くなりがちです。
一方、泌乳の必要がない人工哺乳においては発情周期の回帰が早く、空胎日数を短くすることができます。
ただしこれはあくまでも一般論であり、自然哺乳の方が繁殖もうまくいくという人がいます。
2.スペースを有効に使うことができれば、新たに牛舎を建てずに規模拡大することができるかもしれません。
ハッチに子牛を入れ、母牛は別の牛房に置くことができれば、親子ペアで飼育していたときよりも省スペースになるはずです。
上の1.2.はともに効率的な子牛の生産のためのメリットといえます。
3.泌乳量が子牛の発育に与える影響は決して小さくありません。
代用乳で育てることで均一に栄養を取り込むことができるので、生産子牛の発育のバラつきを抑えることができます。
特に老齢の母牛では母乳の成分や量が低下する傾向にあります。
4.人工哺乳では子牛が代用乳を飲まない、飲みが遅いなどの反応はその日に分かります。
一方、自然哺乳では、病気自体は少ないものの、かなり注意して観察をしてる方でないと病気を発見するのが遅れてしまいます。
子牛が危険な状態になってから気づいたということもよくある話です。
母牛に任せることができるが故の弊害といえるでしょう。
さきほどと同様、これらの反対が自然哺乳のデメリットといえます。
人工哺乳転向に向く人、向かない人
向く人
人工哺乳のメリットに魅力を感じ、転向を検討している人の中でも、自分が人工哺乳に向いている性格、牛舎環境、労働環境なのか分かっていない方は多いのではないでしょうか。
私の経験上、以下の3つに当てはまる方であれば人工哺乳をオススメします。
- 労働力に余裕がある
- 限られたスペースで規模拡大したい
- うまくいかないことがあっても改善し続ける根気がある
労働力に余裕がある
労働力については自然哺乳のメリットでも触れた通り、人工哺乳においては子牛に対してかなり大きな時間をとられます。
ただ哺乳するだけではなく、哺乳びんの洗浄、ハッチごとに子牛の餌やり、ハッチの洗浄、子牛の移動などといった仕事も付随して増えます。
これらに耐えられるくらいの労働力があるのであれば人工哺乳に切り替えることは可能です。
限られたスペースで規模拡大したい
新たな牛舎を建てることなく繁殖規模を拡大するには人工哺乳を導入するのがもっとも近道といえます。
人工哺乳のメリットでも述べた通りですが、ハッチで子牛に哺乳し、母牛は繋ぎ飼いにすればかなり効率的にスペースを使うことができます。
子牛がまとまって生まれた場合、3頭くらいであれば同じ牛房内に入れておくことも可能です。分娩房くらいの広さがあれば充分です。
うまくいかないことがあっても改善し続ける根気がある
私はこれが最重要だと思います。
人工哺乳に転向したとき、ほとんど必ずといっていいほど誰もが失敗します。
子牛の病気が激増した、子牛の発育が悪い、繁殖成績がかえって悪くなった、などは本当によくあることです。
その後の状況を改善できるかどうかは、これらの問題に対して粘り強く問題に取り組み続けることができるか否かにかかっています。
どんな優秀な農家さんでも改善すべき点は無数にあります。
ミルクの量、濃度、温度、哺乳の頻度、哺乳中の餌、離乳のタイミング、ハッチの洗浄法、子牛の保温手段などなど…。
これらに対し一つ一つ改善を施し、何をしたらよくなるか、悪くなるか、費用に見合うかを検討、取捨選択できるようになりましょう。
気づいたときには自然哺乳していた頃と変わらない成績の子牛を、より高い回転率で生産できるようになっているはずです。
もちろん、自然哺乳をしている農家さんにとってもこの考え方は大事なので、問題が起こった際には試行錯誤をしてみてください。
向かない人
向かない人は向く人の逆といえます。
- 労働力に余裕がない
- スペースが充分にある
- 今までのやり方を変えたくない
今までのスタイルを変えてまで効率を追い求める手法は、かえって生産性を下げるリスクも持っています。
流行りに乗って人工哺乳へ切り替えるよりも堅実に従来のやり方を続けるのも正解といえます。
まとめ
自然哺乳と人工哺乳の特徴と、人工哺乳への転向に向く人、向かない人について解説しました。
- 自然哺乳のメリット
- 哺乳が楽
- 離乳が楽
- ストレスが少ない
- 免疫賦活作用が期待できる
- 感染症が拡大しにくい
- 人工哺乳のメリット
- 分娩間隔を短くできる
- スペースを有効に使える
- 子牛の発育が母牛の泌乳能力に依存しない
- 疾病発見が早い
- 人工哺乳に向く人
- 労働力に余裕がある
- 限られたスペースで規模拡大したい
- うまくいかないことがあっても改善し続ける根気がある
- 人工哺乳に向かない人
- 労働力に余裕がない
- スペースが充分にある
- 今までのやり方を変えたくない
いずれを選択するにしても、失敗した、後悔した、ということがないようしっかり検討していただきたいと思います。
今回は以上です。何か参考になると幸いです。
ありがとうございました。
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